被相続人や相続人のなかに外国籍の方がいるなど、相続の関係者が日本国籍・日本在住だけではない場合には、相続の手続きや注意点が変わることがあります。
この記事では、国際相続における手続きや注意点など基礎知識について解説します。
目次
国際相続とは?
「国際相続」とは、被相続人(亡くなった人)やその相続人が日本以外の国にも関わりを持っている場合の相続のことです。
例えば、次のようなケースは国際相続です。
- 被相続人が外国籍である
- 相続人の中に外国籍の人がいる
- 被相続人も相続人も日本国籍だが、そのうちの一部の人が外国に住んでいる
- 被相続人も相続人も日本国籍・日本在住だが、遺産の一部が外国にある
相続に関連する法律や税制度などは、国によって異なります。
このような国際相続では、前提としてどの国の法律を適用して相続手続を進めるのか、具体的にどのように手続きを進めていくのかなど、日本人・日本在住者だけの通常の相続にはない問題が発生します。
このため、国際相続では通常の相続と比べて相続手続が複雑になるケースが多いです。
国際相続で適用されるのはどの国の法律?
国際相続では、まず「どの国の法律が適用されるのか」を確認する必要があります。国際的な法律問題を扱う場合に適用される法律のことを「準拠法」といいます。
国際相続の準拠法の決め方についてご説明します。
原則|被相続人の本国法
日本では、国際相続の準拠法の決定方法を定めている法律として、「法の適用に関する通則法」(通称「通則法」)があります。通則法では、相続は被相続人の本国法に従うことが定められています(同36条)。
例えば、父がアメリカ国籍、母が日本国籍、子ども2人がアメリカ国籍という日本在住の家庭で母が亡くなり、日本で相続手続を進めていく場合には、他の家族がアメリカ国籍であるにもかかわらず、被相続人である母が日本国籍なので日本の法律に従って相続手続を進めます。
これに対して、同じ家庭で父が亡くなった場合には、被相続人である父がアメリカ国籍なので、アメリカの法律に従って相続手続を進めるのが原則です。
例外|反致による日本法
被相続人が外国人の場合でも、その外国の法律に基づけば日本の法律を適用するべき場合には、日本の法律に従って相続手続を進めます。このことを「反致」といいます(通則法41条)。
例えば、被相続人が日本に居住する外国人である場合に、その外国の法律で「相続は、被相続人が死亡した時に生活の本拠としていた地の法律による」というルールが定められていたとします。この場合には、反致により被相続人が生活の本拠としていた日本の法律が相続の準拠法になります。
反致により準拠法が定まる場合は例外的なケースであるため、基本的には「相続は被相続人の本国の法律(主に国籍国の法律)で決まる」と考えてよいでしょう。
被相続人が二重国籍や無国籍の場合
被相続人が二重国籍など複数の国籍を有していることがあります。また、被相続人が無国籍である場合もあります。この場合には、「本国法」がどの国の法律かが問題となります。
被相続人が二重国籍など複数の国籍を有している場合には、その国籍国の中で常居所(生活の本拠としている地)の法を本国法とします。ただし、その国籍国の中に常居所がない場合には、その者に最も密接な関係がある国の法が本国法とされます。(通則法38条1項)
例えば、被相続人がブラジル国籍とマレーシア国籍の二重国籍を有しているものの、日本で生まれ育って日本を生活の本拠としており、言語や文化も日本のものであって財産もほとんどが日本にあり、ブラジルやマレーシアにはほとんど行ったことがないというような場合になどには、この被相続人にもっとも密接な関係がある国は日本であると考えられ、相続手続においては日本の法律が本国法とされます。
被相続人が無国籍者である場合には、その者の常居所地の法が本国法とされます。例えば、被相続人が日本国内においてフィリピン人の母から生まれた子であったものの、フィリピン人の母が出生の事実を日本にもフィリピンにもいずれの国の役所にも届け出なかった場合には、その子は無国籍者となります。
この場合には、無国籍者である被相続人が日本生まれ日本育ちなど日本を生活の本拠としていたときは、被相続人の本国法は日本の法律だということになります。
国際相続の手続きの流れ
国際相続で適用されるのがどの国の法律かを確認したら、その法律に従って相続の手続きを進めていきます。適用される法律が日本の法律である場合には、次の流れに従って手続きを進めます。
遺産を調査する
まずは、被相続人の遺産にはどのようなものがあるのかを調査します。
国際相続では、遺産は日本国内だけにあるとは限りません。被相続人と関係のあった国など、外国にも遺産が存在する可能性を念頭に置きながら遺産の調査を進めていきましょう。
遺産の調査を進めるにあたっては、被相続人が持っていた書類や郵便物、メール、銀行の通帳、取引履歴などを確認したりして、どこにどのような遺産があるのかを調べていきます。
遺産調査の結果として遺産が日本国内だけにあることが分かった場合には、相続手続きはそこまで難しくなりません。これに対して、遺産が外国にも所在している場合には手続きが複雑になることが多く、注意が必要です。
相続人を確定する
日本の相続において相続人を確定する基本的な方法は、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(全部事項証明書)を確認する方法です。
被相続人が日本国籍であれば、戸籍があるので、出生から死亡までの戸籍を確認することによって法定相続人を確認することができます。
これに対して、被相続人が外国籍の場合には、日本国内に住んでいたとしてもその者の戸籍は作られていません。日本で戸籍が作られるのは日本国籍を有する者だけだからです。
この場合には、被相続人の国籍国の役所などで次のような書類を取得することで相続関係を確認することが必要となります。
- 出生証明書
- 婚姻証明書
- 死亡証明書
- 宣誓供述書
これらの外国の書類は、当然外国語で作成されているため、相続手続のために使用するには翻訳文を作成して添付することが必要となります。
また、実際にどの書類が必要となるのかは個別のケースによっても変わってくるので、手続きを進めながらどの書類を取得していく必要があるかを見極めていくこととなります。
遺産を分割する
相続人同士の話し合いによって遺産を分割します。この遺産を分割するための話し合いを「遺産分割協議」といいます。
相続人の一部が外国にいる場合には、対面で遺産分割協議を行うことが難しいことも多いです。このような場合には、電話やメールで話し合いを進めても構いません。
電話やメールなどで話し合いを進めた上で全員の合意が成立したら、遺産分割協議書を作成して順次協議書を回していって署名押印やサインをする形で遺産分割協議書を完成させることができます。
特に、外国に住んでいる相続人については、日本国内と同じように実印と印鑑登録証明書を準備することができません。この場合には、サインだけでも構いませんが、そのサインが確かに本人のものであることを公的に証明してもらう必要があります。
サインを証明する方法としては、サインをする遺産分割協議書を在外公館に持参し、その職員の面前で署名してサインが確かに本人によってなされたことを証明してもらうという方法が取られることがあります。
遺産分割協議書は、遺産の中に不動産がある場合にはその相続登記を完了するためにも必要となることがあります。このため、必要に応じて正しい方法で作成することが重要です。
相続税の申告・納付を行う
遺産分割が済んだら、相続税を計算し、納める義務がある場合には申告・納付の手続きを行わなければなりません。
国際相続における相続税のルールは複雑ですが、日本の相続税のルールでは多くの場合で国内・国外の財産がともに相続税の課税対象となります。
まず、日本国内にある財産については、必ず日本の相続税の課税対象となります。このことは、外国籍を有する被相続人や相続人が日本国内に財産を持っていた場合でも同様です。
次に、日本国外にある財産については、被相続人や相続人の居住地や国外移住時期に応じて扱いが変わります。
被相続人や相続人が日本に住所を有していれば、日本国外に所在する財産に対しても日本の相続税が課税されます。これに対し、被相続人と相続人がいずれも国外に移住している場合(日本国内に住所がない場合)には、国外移住時期に応じて扱いが変わります。
細かいルールはありますが、基本的な考え方としては、被相続人が亡くなった日より前10年以内に日本国内に住所を有していたことがある場合には、日本国外の財産も相続税の課税対象となる可能性があります。
国際相続における日本の相続税に関するルールは複雑であってご自身だけで判断することが極めて難しいものであるため、相続税の計算や申告・納税については、国際相続を扱う税理士や弁護士に相談するのがおすすめです。
国際相続の注意点
国際相続では日本だけで完結する相続にはない注意点がいくつかあります。注意点をしっかりと押さえて、間違いのないように相続手続を進めていくことが重要です。
外国に遺産が所在していると手続きが複雑になる
たとえ被相続人が日本人でも、遺産が外国にある場合には手続きが複雑になってしまいます。
例えば遺産の中に外国に所在する不動産が含まれる場合には、その不動産の価値をどのように評価するかが問題となります。日本国内の不動産と同じようには不動産の価値を評価できないため、現地の市場価格や不動産業者による査定などを取得した上で不動産の評価額を算出することが必要となります。
また、遺産の所在する国によっては日本と異なり「プロベート」という裁判所での手続きが必要となることがあります。
「プロベート」とは、被相続人の遺産をどのように分けるのかを裁判所の監督の中で進めていく制度のことです。
プロベートは、採用している国によっても少しずつ異なりますが、主に次のような流れで進んでいきます。
- 裁判所への申立て
- 遺産管理者の任命
- 財産と債務の調査
- 債務・税金の支払い
- 残った遺産の分配
プロベートを採用している国では、裁判所の監督の中で遺産分割を進めなければなりません。日本では必ずしも裁判所の監督の中で遺産分割を進める必要はないので、日本での遺産分割よりも手続きが煩雑になってしまいます。
プロベートを採用している国は、主に英米法系の国で、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、香港、マレーシア、シンガポールなどがあります。
これに対し、日本、フランス、イタリア、ドイツなど、主に大陸法系の国ではプロベートは採用されておらず、裁判所が関わることなく遺産分割を行えます。
不動産などの遺産がアメリカをはじめとするプロベートを採用している国に所在している場合には、プロベートの負担を覚悟する必要があるといえるでしょう。
プロベートは、年単位の時間がかかったり数十万〜数百万円ものお金がかかったりするなど、さまざまな負担があります。あらかじめプロベートを避けるための生前対策もあるため、気になる方は国際相続の生前対策を取り扱う弁護士などに相談してみましょう。
外国にいる相続人と連絡が取れないには不在者財産管理人を選任する
相続人が外国にいることは分かっているものの連絡が取れないという場合であっても、全ての相続人で遺産分割協議を行わなければ協議は無効になってしまいます。
外国にいる相続人に連絡が取れない場合には、まずは相続人を探すなどして連絡が取れないか試みてみるようにしましょう。
どうしても外国にいる相続人の所在が分からないなど連絡が取れない場合には、その相続人について「不在者財産管理人」を選任して相続手続を進めていきます。
「不在者財産管理人」とは、家庭裁判所に申し立てて選任してもらうものであり、不在者に代わって財産の管理・処分などを行う役割の人のことです。
不在者財産管理人を選任してもらい、遺産分割協議に関する裁判所の許可を得た上で外国にいる連絡の取れない相続人に代わって遺産分割協議に参加してもらうことで、遺産分割協議を進めることが可能となります。
国際相続で争いになった場合でも日本の裁判所で手続きを行えることは多い
国際相続で相続争いになってしまった場合、相手が日本国外にいると「日本の裁判所では手続きを行えないのではないか?」と心配になってしまうかもしれません。
しかし、国際相続で争いになった場合でも、日本の裁判所で調停などの手続きを行えることは少なくありません。
国際相続で争いになった場合には、被相続人が亡くなった当時の住所・居所が日本国内にあった場合には、日本の裁判所で調停などを行うことができます。このほか、当事者間で日本の裁判所で手続きを行うという合意があった場合にも、日本の裁判所で手続きを進めることができます。
国際相続で争いになって相手が日本国外にいる場合でも、あきらめることなく日本の裁判所で手続きを進められないかを検討してみましょう。
ただし、日本の裁判所で手続きを行えたとしても、日本の裁判所が決めた判断内容に従って外国で強制執行などが行えるかは別の問題です。執行の部分でさらにハードルが上がることも多いので、執行まで見据えた上でどのような対応をするのが最も良いかを判断することが大切です。
日本では無効となる遺言であっても外国では有効となることがある
日本では、遺言はどのような方式でも有効となるわけではなく、法律でどのような方式でなされなければならないかが詳しく定められています。日本では、法律の定めに従わない方式でなされた遺言は無効となり、相続人は無効な遺言に拘束されません。
これに対し、外国で遺言がなされた場合には、「遺言の方式の準拠法に関する法律」に基づいて方式の有効性が判断されます(同2条)。
この法律によれば、遺言の方式は、次の法のいずれかに適合しているときは方式に関して有効であるとされます。
- 行為地法
- 遺言者が遺言の成立または死亡の時に、国籍・住所・常居所のいずれかを有した国・地の法
- 不動産に関する遺言については、その不動産の所在地の法
例えば、日本の法律では録音による遺言は方式として許されておらず無効ですが、遺言をした地(行為地)の法律に従えば録音による遺言も方式として許されている場合には、この遺言は日本においても有効なものとして扱われます。
このように、外国でした遺言の方式については、方式について有効とされる幅が広げられています。これは、外国と日本の法律の違いだけで遺言が無効と判断されてしまうとせっかく遺言を残したのにその人の意向を無視することになるからであり、遺言を残したのであればその人の意向をできるだけ尊重しようとする趣旨で設けられたルールです。
なお、ここでは方式について有効・無効が定められているにとどまり、方式として有効とされたとしても、その内容までもが有効となるとは限りません。遺言の内容などの点で有効性が争われる可能性は残っているので、混同しないようにしましょう。
遺言などの生前対策を行う際には必ず専門家に相談した上で行う
被相続人が亡くなる前にあらかじめ遺言を残すなどして生前対策を行っておこうという場合には、必ず弁護士などの専門家に相談した上で行うようにしましょう。
もし専門家に相談せずに自分だけの判断で遺言などの生前対策を行ってしまうと、それが後々無効と判断されてしまうこともあります。それだけでなく、その生前対策が原因で被相続人の死後に相続人間で相続争いに発展してしまうこともあります。
国際相続を含めた相続の生前対策は、さまざまな視点から検討してトラブルを防いだ上で希望を実現するようにしなければならないため、案外難しく専門的知識が必要となるものです。
生前対策を行う場合には、必ず相続に詳しい弁護士などの専門家に相談した上で行うようにしましょう。
相続税の二重課税を回避するためには「外国税額控除」を活用しよう
外国に遺産がある場合には、ケースによってはその外国に日本の相続税に相当する税を納めなければならないことがあります。一方で、同時に日本でも相続税を納める義務が生じることもあります。このようなケースでは、そのままでは外国と日本の両方に相続税を納めることとなって二重に課税されてしまうことになります。
相続税の二重課税を回避するためには「外国税額控除」という制度が用意されているため、必要に応じて適切に活用することが大切です。
「外国税額控除」とは、外国において相続税に相当する税をすでに支払っている場合には、日本で納める相続税の中でも外国にある財産に関する相続税部分を控除する(差し引く)特例のことです。
この特例の適用により、先に外国で相続税に相当する税を納めていれば、あらためてそれに対応する部分の相続税を日本で納める必要がなくなり、相続税の二重課税を回避できます。
外国税額控除の適用を受けられる場合の控除額は、次のいずれか少ない金額です。
- 外国ですでに納付した相続税に相当する税の金額
- 日本における相続税額×(外国にある遺産額の合計÷相続人の全ての遺産額の合計)
具体的なケースでいくらの外国税額控除を受けられるのかは正確な計算が必要であるため、相続税の申告・納付とあわせて相続税に詳しい税理士に相談してみましょう。
国際相続を相談できる専門家
国際相続は、通常の相続よりも複雑な部分が多くあり、できれば専門家に相談・依頼して手続きを進めることが望ましいといえます。
国際相続を相談できる専門家についてご紹介します。
国際相続を扱う税理士
国際相続を扱う税理士であれば、特に相続税の申告・納付を含め、国際相続でどのような対応が必要かについてアドバイスしてくれます。
特に相続税の申告・納付については詳しいため、相続税の納付義務が生じる見込みがある場合などには税理士への相談が向いています。
国際相続を扱う弁護士
国際相続を扱う弁護士であれば、国際相続全般の手続きに対応して代わりに行ってくれます。
税理士が税の申告・納税について助言・代行する権限を有するにとどまるのに対して、弁護士であれば制限なく全ての法律事務を取り扱うことができます。また、弁護士であればトラブルになっているケースで代理人となって相手と交渉したり裁判手続を代理してくれたりすることもできます。
国際相続でもトラブルになっていたり裁判所の手続きが必要になりそうだったりする場合などには、最初から弁護士に相談・依頼することがおすすめです。
なお、弁護士も相続税に関するアドバイスや申告・納付を行う権限を有していますが、実際にその知識を有しているかどうかは人によります。仮に、弁護士が国際相続における相続税に関する知識を十分に有していなかったとしても、相続を扱っている弁護士であれば、国際相続における相続税に詳しい税理士と連携して適切に相続税に関する手続きを行ってくれるので、相続を扱う弁護士に相談すれば税に関する点も含めて安心です。
まとめ:国際相続の手続きは難しいのでまず専門家に相談しよう
国際相続は、日本国内で完結する相続以上に難しいものです。
国際相続では、外国語の壁があるだけでなく、どの国の法律が適用されるのか、外国にいる相続人と連絡が取れなければどうすればいいのか、相続税についてはどのようにすればいいのかなど、自分だけでは判断できない問題点が多く生じます。
もしも国際相続の当事者になったなら、国際相続に詳しい弁護士や税理士に相談・依頼して代わりに手続きを行ってもらうのがおすすめです。特に、国際相続を扱う弁護士に依頼すれば、手続きの大部分を代わりに行ってもらえるので、あなたの負担を大幅に減らせます。
国際相続で困ったら、まずは国際相続を扱う弁護士や税理士といった専門家に相談するようにしましょう。