相続人が認知症で話し合いができない!遺産分割を進める手順と生前の事前対策

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「親が認知症になってしまい、遺産相続の手続きをどう進めればいいのかわからない」「意思疎通ができない親を抜きにして手続きを進めても大丈夫だろうか」と、大きな不安や戸惑いを抱えていませんか。介護に追われる日々の中で、突然発生した相続手続きの重圧に、精神的な限界を迎えてしまう家族は少なくありません。

身内だけで「これでいいだろう」と進めてしまいたくなる気持ちは分かりますが、法律のルールを無視した手続きは、のちに深刻なトラブルへと発展します。

日本の法律において、認知症になったからといって正当な相続権が消滅することはありません。そのため、本人を無視したり除外したりして作成された遺産分割協議書は法律上すべて無効となります。結果的に銀行口座の凍結解除や実家の不動産名義変更は完全にストップしてしまう恐れがあるため注意が必要です。

凍結が解除できなければ、親の介護費用や施設入居費を遺産から捻出することも不可能になり、家族が経済的な窮地に立たされるという過酷な現実に直面することになります。このような相続手続きのフリーズや親族間の泥沼の紛争を防ぐためには、法律に則った正しい知識と対処法をあらかじめ把握しておくことが極めて重要です。

本記事では、認知症の相続人がいる場合に家族が直面する法的なリスクや、家庭裁判所へ成年後見人を申し立てて手続きを進める具体的な手順。さらには「一度始めると一生解約できない」といった利用上の重大な注意点まで、実務の現場に即して詳しく解説します。また、親がまだ健康で意思能力がある「今」だからこそ間に合う、将来の負担をゼロにするための生前対策についても網羅しました。

この記事を読むことで、介護と相続の板挟みによる焦りや不安が解消され、大切な家族の財産と未来を確実に守るための正しい一歩を踏み出せるようになります。

目次

相続人が認知症でも法律上の相続権は消滅しない

遺産相続が発生した際、相続人の中に認知症を患っている人がいるケースは少なくありません。介護の日々に追われる中で「意思疎通が難しいのにどうやって手続きをすればいいのか」「本人のために財産を残すべきか」と、残された家族は深い不安や大きな心理的負担を抱えがちです。

このとき、病気や判断能力の低下を理由に、その人の相続権が失われるのではないか、あるいは手続きから除外してもよいのではないかと誤解されることもあります。

しかし、日本の法律において、認知症になったからといって法律上の相続権が消滅することは決してありません。ここでは、認知症の相続人が持つ法的な位置づけや、手続きを進める上で家族が直面する疑問、および状況に応じた重要な基本ルールについて詳しく解説します。

認知症の相続人も通常と同じ正当な法定相続人

認知症の症状が進み、自分の意思を周囲に明確に伝えることが難しい状態であっても、法律上の扱いは他の健康な相続人と全く同じです。民法で定められた「法定相続人」としての権利は、個人の健康状態、認知能力、または介護度合いに関係なく、完全に保障されています。

「本人はもうお金の価値がわからないから」「介護施設に入っていてこれ以上使い道がないから」といった周囲の事情や勝手な判断を理由に、その人の相続分をゼロにしたり、権利を一方的に奪ったりすることは法律上一切認められません。

認知症の相続人も、通常と同じ正当な権利を持つ家族の1人として、遺産を引き継ぐ資格を持っています。残された家族だけで結論を急ぐのではなく、本人の法的な権利を尊重しながら手続きを模索していく姿勢が求められます。

本人の判断能力の有無によって手続きのルートが変化

相続権そのものは失われませんが、実際に遺産を具体的に分ける手続き(遺産分割協議)を進める際、本人の判断能力の有無によって選ぶべきルートが明確に変化します。遺産分割協議は、相続人全員がその内容とリスクを正しく理解し、合意の意思表示をすることが大前提となる厳格な法的な契約だからです。

本人の症状や意思能力の度合いに応じて、残された家族は以下のように異なる2つのルートを慎重に選択しなければなりません。

本人の判断能力の状態 手続きの具体的なルート 注意点と法的な扱い
軽度で意思能力がある 本人自身が遺産分割協議に参加する 後日のトラブルを防ぐため、医師の診断書や当日の意思確認の記録(録音など)を残すことが推奨される
重度で意思能力がない 成年後見人などの代理人を立てて行う 代理人を立てずに家族だけで進めた協議は法律上完全に無効になり、銀行解約や不動産登記もできなくなる

このように、本人の認知症の進行度合いを正しく見極めることが、相続手続きを正当に進めるための最初にして重要な分岐点となります。家族だけの主観的な自己判断で進めてしまうと、後からすべての手続きがひっくり返る致命的なリスクがあるため、まずは専門医や専門家に相談することが不可欠です。

個人の感情で認知症の親族を遺産分割から除外は不可

「普段から会話が成り立たないから」「手続きの話をすると混乱してしまうから」といった親族側の身勝手な感情や都合によって、認知症の相続人を遺産分割から除外することは不可能です。相続人全員が1人も欠けることなく参加していない遺産分割協議は、法律上、最初から完全に無効と判断されます。

たとえ「良かれと思って」という善意や、他の家族全員の同意があったとしても、本人を抜きにして遺産の分け方を決めてはいけません。これは最悪の場合、私文書偽造などの犯罪トラブルに発展する恐れすらあります。

認知症の親族の権利を傷つけず、残された家族が後々まで泥沼の紛争に巻き込まれないためにも、以下のポイントを必ず遵守してください。

  • 本人の現在の判断能力を、長谷川式スケールなどの検査や医師の診断によって客観的に確認する
  • 意思能力が不十分と判断された場合は、速やかに家庭裁判所へ成年後見人などの選任申し立てを行う
  • 親族間で「これでいいだろう」と書類を偽造せず、必ず法律に則った正しい手順を踏む

認知症を患う親族の正当な権利をしっかりと守り、焦らずに正しい手順を踏むことこそが、結果として大切な家族の財産を守り、後々の親族間の深刻なひび割れを防ぐ確実な方法となります。

認知症の相続人を無視して進めた遺産分割協議は無効

認知症の親族がいるからといって、その人を抜きにして手続きを進めることは絶対に許されません。良かれと思って行った身内だけの話し合いであっても、法的な手順を無視すればすべてが水の泡となります。

本人の意思確認が難しいからと焦って結論を急ぐと、後から取り返しのつかない大きなトラブルを招く原因になります。ここでは、なぜ認知症の相続人を無視した手続きが認められないのか、その具体的なリスクと法律上の重大なペナルティを詳しく解説します。

遺産分割協議は法定相続人全員の合意が必須条件

遺産分割協議を有効に成立させるためには、法律で定められた相続人が全員参加することが絶対のルールです。たとえ親族の9割以上が賛成していても、1人でも欠けた状態で行われた話し合いは法律上すべて無効となります。

認知症で意思疎通が難しいからという理由は、除外してよい言い訳には一切なりません。どれだけ時間がかかっても、全員が何らかの形で協議に関与しなければ、その遺産分割は最初から存在しなかったものとして扱われます。

判断能力がない状態での署名や押印は法律上認められない

認知症が進行し、事物の利害を正しく理解できない状態の人が行った署名や押印は、法律上の効果を持ちません。契約の内容を正しく理解する能力(意思能力)がない状態での合意は、すべて無効と判断されるからです。

他の親族が本人の手を握って無理やり名前を書かせたり、実印を押させたりする行為は完全に違法です。本人の意思に基づかない書類は、たとえ形が整っていても後からいつでも覆されてしまう極めて危険なものとなります。

無効な協議書では銀行解約や不動産登記が完全にフリーズ

全員の正しい合意がないまま作成された遺産分割協議書では、その後のすべての相続手続きが完全にストップします。銀行や法務局は書類の不備や、相続人の中に認知症の方がいる事実を非常に厳格にチェックするからです。

無効な書類を提出しても、故人の預金口座の解約や、実家の不動産名義を変更する登記は一切受け付けてもらえません。手続きがフリーズすれば、遺産を介護費用に充てることもできなくなり、家族全員の生活が立ち行かなくなる恐れがあります。

相続人が認知症で意思疎通ができない場合の対処法

意思疎通が難しい相続人がいる場合、家族だけで手続きを進めるのは不可能です。放置すれば故人の口座凍結も解除できず、日々の介護費用の捻出さえ行き詰まるという非常に過酷な現実に直面します。

「認知症の親のために、何から手をつければ良いのかわからない」と、精神的な限界を迎える家族は少なくありません。この行き詰まりを打破するには、法律に則った適切な「代理人」の確保が必要です。ここでは、家族が今まさに困っている具体的な解決策と、実務上の注意点を詳しく解説します。

家庭裁判所に申し立てを行い「成年後見人」を選任する

本人の判断能力が失われている場合、まずは家庭裁判所へ「成年後見人」の選任申し立てを行います。これは、本人の代わりに財産を管理し、法的な契約を行う公式な代理人を決める手続きです。

申し立てには医師の診断書や戸籍謄本など膨大な書類が必要となり、選任までに通常1か月から数か月を要します。早く遺産を分けたい家族にとっては、この「時間の壁」が大きな焦りや負担となります。制度の仕組みを正しく理解し、手続きの流れを把握しておくことが、精神的な余裕を持つための第一歩です。

成年後見人が認知症の相続人の代理として協議に参加する

選任された成年後見人は、認知症の本人に代わって遺産分割協議に参加します。これにより全員が揃ったとみなされ、ようやく銀行解約や不動産の相続登記を進めることが可能になります。

ただし、家族が見落としがちなのが、後見人が担う「本人の財産を守る義務」という厳しい法的な縛りです。裁判所の監督下に入るため、以下のような「家族間の温情や都合」による遺産分割は原則として認められなくなります。

  • 「施設費用はすべて長男が払うから、本人の相続分はゼロにする」という合意
  • 「本人はお金を使わないから、実家を他の兄弟だけの名義にする」という身内の都合
  • 本人の法定相続分(最低限の取り分)を下回るような、著しく不利な条件での分割

原則として法定相続分以上の財産を本人に確保させなければならないため、遺産の大部分を実家の維持費などに充てようと考えていた場合、家族の計画が大きく崩れる恐れがあります。後見制度を利用する際は、こうした実務上のシミュレーションが不可欠です。

軽度の認知症であれば専門家立ち会いのもとで協議可能

認知症の診断を受けていても、初期段階で本人に「遺産分割の意味が理解できる能力」が残っていれば、後見人を立てずに本人が直接サインすることが可能です。しかし、親族間で後から「あのときは正常な判断ができなかったはずだ」と不満が噴出し、泥沼の裁判に発展するリスクが常に付きまといます。

自己判断で強行するのは極めて危険であるため、症状の度合いに応じて以下のような慎重な安全対策を講じる必要があります。

本人の状態(目安) 必要な安全対策と具体的な進め方
日常の会話や意思表示がある程度できる 事前に主治医から「遺産分割能力がある」旨の診断書を取得し、客観的な証拠を残す
日によって理解力に波がある 弁護士や司法書士などの専門家に立ち会ってもらい、当日の協議の様子を録音・録画で記録する

少しでも手続きに不安や不透明な部分があるならば、家族だけで抱え込まずに、遺産相続の実務に強い専門家へ事前に相談することが、将来の深刻な親族トラブルを防ぐ最も確実な防衛策となります。

成年後見人を立てて相続手続きを進める手順と流れ

認知症の親族がいる場合、成年後見人の選任から相続の完了までには、いくつもの厳格なステップを踏む必要があります。慣れない裁判所の手続きや書類の準備に、「本当に自分たちだけで進められるだろうか」と圧倒されてしまう家族も少なくありません。

手続きの全体像をあらかじめ把握しておくことは、先々の見通しを立て、精神的な負担を減らすために不可欠です。ここでは、申し立てから遺産分割が成立するまでの具体的な手順と流れ、および各段階での注意点を詳しく解説します。

医師の診断書を用意して家庭裁判所へ選任の申し立て

最初のステップは、家庭裁判所への申し立てです。まずは本人の主観ではなく、客観的な医学の判断が必要となるため、主観を排して主治医に「成年後見用」の診断書を作成してもらいます。

診断書の準備ができたら、必要書類を揃えて家庭裁判所へ提出します。一般的に申し立てから選任までの期間は1か月から数か月ですが、準備すべき書類が多岐にわたるため、ここが最初の「心理的な壁」となります。主な必要書類を以下にまとめました。

  • 家庭裁判所所定の申立書および親族の関係図
  • 本人の戸籍謄本および住民票の写し
  • 成年後見用の医師の診断書(家庭裁判所の指定書式)
  • 本人の財産や収支状況を証明する書類(通帳の写しや確定申告書など)

選ばれた成年後見人と他の相続人で遺産分割を協議する

家庭裁判所によって成年後見人が選任されたら、いよいよ具体的な遺産分割協議を開始します。選ばれた後見人は本人の完全な代理人として、他の相続人と対等な立場で話し合いに臨むことになります。

ここで家族が衝突しやすいのが、後見人が「本人の不利益になる合意には絶対に首を縦に振らない」という点です。たとえ親族全員が「長男が全部引き継ぐべきだ」と望んでも、後見人は法律に従い、原則として本人の法定相続分(最低限の取り分)を厳格に主張します。この法的な縛りにより、身内だけのスムーズな妥協は通用しないことを覚悟しておく必要があります。

成立した遺産分割協議書に後見人が署名押印して完了

話し合いがまとまったら、最後にその内容をまとめた「遺産分割協議書」を作成します。この書類の署名・押印欄には、認知症の本人の代わりに、成年後見人が本人の代理人として自身の名前を署名し、実印を捺印します。

後見人の署名押印と、裁判所が発行する「後見登記事項証明書」が揃うことで、書類は法的に完全なものとなります。これを使って初めて、銀行の口座凍結解除や法務局での不動産名義変更が可能になり、すべての相続手続きが完了へと向かいます。

手続きの段階 家族が直面しやすいハードル 乗り越えるためのポイント
1. 申し立て 膨大な書類集めと、診断書手配の手間 事前に裁判所のHPで必要書類のリストを入手し、チェックリスト化して1つずつ崩していく
2. 協議 本人の法定相続分の確保を求められる 身内の都合だけで分け方を決めず、最初から本人に一定の財産を遺す前提でシミュレーションを行う
3. 完了 後見人の実印や資格証明書の用意が必要 後見人と綿密に連携を取り、必要書類の提出スケジュールをあらかじめ共有しておく

成年後見制度を利用して遺産分割を行う際の注意点

「後見人を立てれば、これでやっと一安心だ」と胸をなでおろすのはまだ早いです。成年後見制度は、国が作った強力な仕組みであるからこそ、家族の都合や温情が一切通用しない厳しいルールが存在します。

実際に制度がスタートした後に、「こんなはずではなかった」「知っていれば使わなかったのに」と激しい後悔に襲われる家族は後を絶ちません。ここでは、家族の介護と生活を守るために、事前に絶対に知っておくべき重大な注意点を解説します。

認知症の相続人にも「法定相続分」の確保が必須となる

後見制度を利用する際、家族を悩ませるのが「認知症の本人に、最低でも法律で決められた分(法定相続分)の財産を必ず引き継がせなければならない」という厳格なルールです。

「本人は施設に入っていてお金を使わないから、実家や大半の預金は同居して介護を担う長男が譲り受ける」といった、家族間では当然とされる話し合いは一切認められません。もし本人の取り分をゼロにするような協議書を作れば、裁判所や後見人から即座に拒絶されます。家族のこれからの生活設計や、実家をどう守るかという計画が根底から覆るリスクを覚悟しなければいけません。

親族が後見人になると別に「特別代理人」が必要なケースあり

「他人に任せるのは不安だから、自分が親の後見人になろう」と考える人も多いですが、ここに大きな落とし穴があります。もし、あなた自身も同じ相続人である場合、あなたが「認知症の親の代理人」を兼ねることは法律上できません。

あなたと親の間で、遺産を奪い合う関係(利益相反)になるとみなされるためです。この場合、家庭裁判所に申し立てて、親のためだけに別の「特別代理人」を選んでもらう必要が生じます。

  • 利益相反になる例:「子(後見人)」と「認知症の親」が、同時に同じ被相続人(亡くなった父親など)の遺産を分ける場合
  • 必要な手続き:家庭裁判所へ「特別代理人選任の申し立て」を別途行わなければならず、さらに時間と手間がかかる

このように、良かれと思って親族が後見人を引き受けても、手続きが二重になり、家族の精神的な負担がさらに増してしまうケースは少なくありません。

成年後見制度は相続後も本人が亡くなるまで解約不可

家族にとって最大の心理的・経済的負担となり得るのが、「後見制度は一度始めたら途中で絶対にやめられない」という点です。「無事に遺産分割協議が終わり、不動産の名義変更も済んだから、もう後見人を解約したい」ということは法律上一切認められません。

後見人の仕事は、本人の認知症が奇跡的に完治するか、あるいは本人が亡くなるその日まで、何年、何十年とずっと続きます。もし弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選ばれた場合、その期間中、本人の財産から毎月数万円の「後見人報酬」が一生涯支払われ続けることになります。

利用前のイメージ 実務における過酷な現実
相続手続きのときだけ、一時的に手伝ってもらう制度 一度始めたら、本人が亡くなるまで一生涯解約できない
費用は手続きのときだけスポットで支払えばよい 専門家が選ばれた場合、毎月2万〜6万円程度の報酬がずっと発生し続ける

「相続財産よりも、将来払い続ける後見人報酬の総額の方が高くなってしまった」という事態になっても、途中で止める手段はありません。制度を利用する際は、目先の相続だけでなく、親のこれからの寿命と家族の支出を見据えた、極めて慎重な判断が求められます。

相続人が認知症になる前に生前に行うべき相続対策

「まさか自分の親が認知症になるなんて思わなかった」と、事態が起きてからパニックになる家族は非常に多いです。意思能力が失われてからでは、これまで解説したような、家族に負担の重い成年後見制度を選ぶしか道は残されていません。

しかし、親がまだ健康で、自分の意思をはっきりと示せる「今」のうちであれば、将来の家族の苦労を完全にゼロにできる選択肢がいくつもあります。親を介護のトラブルから守り、残された家族が泥沼の遺産分割に巻き込まれないために、今すぐ検討すべき3つの強力な生前対策を解説します。

遺言書を作成して遺産分割協議そのものを不要にする

家族の負担を減らす確実で、かつ手軽な方法が、親が元気なうちに「遺言書」を作ってもらうことです。明確な遺言書が1枚あれば、そもそも残された家族が「遺産分割協議」を開く必要自体がなくなります。

認知症の親族のサインをもらう必要も、裁判所に成年後見人を申し立てる必要もなく、遺言書の内容通りに直接、銀行解約や不動産の名義変更を進められます。「家族に迷惑をかけたくない」と願う親の想いを形にするためにも、まずは公証役場で作成する安全な「公正証書遺言」の検討を強くお勧めします。

家族信託を活用して財産の管理処分権限を移しておく

近年、多くの家族が選び始めている最先端の対策が「家族信託(かぞくしんたく)」です。これは、親が元気なうちに、実家や預金などの管理・処分の権限を、信頼できる子供(長男など)に あらかじめ移しておく契約です。

家族信託を組んでおけば、将来万が一、親の認知症が進行して意思疎通ができなくなっても、子供の判断だけで親の口座から介護費用を出し、実家を売却して施設入居費に充てることが可能になります。

  • 後見制度との違い:裁判所の監督を受けないため、家族の都合に合わせた柔軟な財産管理ができる
  • 実務上のメリット:「実家が空き家のまま凍結されて売れない」という、認知症介護で最も恐しいリスクを未未に防げる

元気なうちに任意後見契約を結んで将来に備える

「どうしても国が認めた制度で備えたい」という場合は、親が元気なうちに自分の意思で後見人を指名しておく「任意後見(にんいこうけん)契約」が有効です。

家庭裁判所が勝手に知らない専門家を選んでしまう「法定後見」とは違い、親がまだ健康な段階で、「自分が認知症になったら、長男の〇〇に財産を守ってほしい」と自分の意思で契約を結ぶことができます。

対策の種類 最大のメリット(得られる未来) 始めるべきタイミング
遺言書の作成 遺産分割協議が不要になり、親族間の揉め事や後見人の申し立てを完全に回避できる 親の判断能力がしっかりしており、自分の財産の分け方を指定できるうち
家族信託 親が認知症になっても、子供の判断で実家の売却や介護費用の捻出がスムーズにできる 親が信託の仕組みを理解し、契約書に自筆で署名・押印ができるうち
任意後見契約 将来後見人が必要になった際、自分が信頼する家族をあらかじめ指名しておける 親が「誰に自分の老後を委ねたいか」を冷静に判断し、公証役場へ行けるうち

すべての生前対策に共通する絶対の条件は、「親にまだしっかりとした判断能力(意思能力)があること」です。「まだ大丈夫だろう」と先延ばしにしているうちに、脳梗塞や認知症の急激な進行でタイムリミットを迎えてしまう家族は少なくありません。親が笑顔で会話できる今この瞬間こそが、家族の未来を守る最初で最後のチャンスです。

よくある質問

認知症の相続に関するよくある質問を紹介します。

Q.軽度のまだら認知症なら調子が良い日のサインでもダメですか?

A.結論から言うと、後から大きなトラブルになるリスクが極めて高いため、家族だけの判断でサインを進めるべきではありません。

まだら認知症の場合、一見すると正常に会話ができているように見えても、複雑な「遺産分割の内容とリスク」を完全に理解できているかどうかの法的な判断は別物だからです。他の親族から後々「あのサインは無理やり書かせたものだ」と無効を訴えられた場合、客観的な証拠がなければ抗弁できません。

どうしてもその日に進めるのであれば、事前に主治医から「当日は遺産分割の判断能力があった」という診断書を取得し、かつ協議中の様子をノーカットで録音・録画するほどの厳格な自己防衛が必須となります。

Q.成年後見人を立てず子供が認知症の親の代わりに代筆は可能ですか?

A.たとえ実の子供であっても、親の代わりに署名や押印を代行することは、法律上完全に「無効」です。

「親の面倒をずっと見てきたから」「親も生前はそう望んでいたから」という家族の言い分は、法的な手続きの場では一切通用しません。本人の明確な意思(または法定代理人の権限)がないまま書類を作成することは、最悪の場合「私文書偽造罪」などの犯罪に抵触する恐れすらあります。

銀行や法務局は筆跡や実印の管理状況を厳しくチェックするため、代筆された協議書を提出した時点で手続きは即座にフリーズすると覚悟してください。

Q.全員が「認知症の母に全財産を譲る」と同意しても後見人は必要ですか?

A.他の親族が全員同意していても、お母様自身に「財産を譲り受ける」という契約を理解する判断能力がなければ、やはり成年後見人が必要になります。

遺産分割協議は、相続人全員の意思が揃って初めて成立する法的な契約だからです。「お母様を絶対に困らせないための100%善意の分け方」であっても、本人の判断能力が失われている以上、契約の当事者になることができません。

本人を抜きにした書類は作れないため、裁判所へ後見人の申し立てを行うか、あるいはお母様が亡くなるまで相続手続き自体をすべて凍結するかの二択を迫られることになります。

Q.後見人を弁護士などの専門家に依頼した際の報酬は誰が払いますか?

A.専門家への後見人報酬は、依頼した家族の財布からではなく、すべて「認知症の本人(被後見人)の財産」から支払われます。

後見人の報酬額は、本人の預貯金や不動産などの「総財産額」に応じて家庭裁判所が決定します。原則として、本人の口座から毎月自動的に引き落とされる形になりますが、以下のように財産の規模によって毎月の負担額が大きく変化します。

  • 管理財産が2,000万円以下:月額2万円程度
  • 管理財産が2,000万〜5,000万円:月額3万〜4万円程度
  • 管理財産が5,000万円超:月額5万〜6万円程度

一度選任されると、本人が亡くなるまでこの費用が一生涯引き落とされ続けるため、親の財産を介護費用として使い切る予定だった家族にとっては非常に重い経済的リスクとなります。

Q.認知症の相続人が施設に入所している場合の書類取得はどうしますか?

A.本人が施設に入所していても、原則として戸籍謄本や住民票などの必要書類は、直系血族である子供であれば委任状なしで役所から取得することが可能です。

ただし、遺産分割協議書に添付するための「本人の印鑑登録証明書」だけは、極めて高いハードルとなります。印鑑登録は本人の意思で行うのが大前提であるため、本人に判断能力がない状態では、施設内であっても新規の登録やカードの再発行が原則として認められません。

すでに登録カードがあり、実印の保管場所が分かっていれば家族が発行に動けますが、手元にない場合は、やはり家庭裁判所に成年後見人を立てて、後見人の資格証明書で手続きを代行してもらうしか方法はありません。

まとめ

相続人の中に認知症で意思疎通が難しい人がいる場合、家族だけで遺産分割を強行することは法律上一切認められません。本人の判断能力が完全に失われているときは、家庭裁判所へ成年後見人の選任を申し立て、公式な代理人を立てて協議を行う必要があります。

しかし、成年後見制度には「本人の法定相続分の確保が必須となり、家族の都合に合わせた柔軟な配分ができない」「一度始めると本人が亡くなるまで一生涯解約できず、専門家への報酬が発生し続ける」といった、利用後に後悔しやすい過酷な現実や重い制約が存在します。

目先の相続手続きだけでなく、家族のこれからの生活や長期的な支出を見据えた上で、制度の利用を非常に慎重に判断しなければなりません。理想的なのは、親の認知症が進行してしまう前の「生前」に対策を講じておくことです。

親が元気なうちに「遺言書」を作成しておけば、残された家族の間で遺産分割協議を行う必要自体がなくなるため、後見人の申し立てを完全に回避できます。また、近年注目されている「家族信託」を活用すれば、親の判断能力が低下した後も、子供の判断だけで実家の売却や介護費用の捻出をスムーズに行えるようになります。

財産の凍結リスクを未然に防ぐことが可能です。あらゆる生前対策のタイムリミットは、親にしっかりとした判断能力が残されている今この瞬間しかありません。「まだ大丈夫」と先延ばしにせず、親が笑顔で会話できるうちに家族で話し合いを始めることこそが、将来の深刻な親族トラブルから家族全員を守る唯一の防衛策となります。

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